Favorite thing
「これ!」と思える自分が好きなこと・ものを見つけたり、掘り下げたり、誰かと共有できると、“おうち時間”がもっと心豊かなものになるはず。今回は、「好き」を見つけて楽しむ達人で文筆家の甲斐みのりさんにインタビュー。後編では、好きな物を大事にしながらストレスなく暮らせる住環境づくりについてお聞きしました。
文筆家 甲斐みのりさん
静岡県生まれ。日本文藝家協会会員。
旅や散歩、お菓子、地元パン、手みやげ、クラシックホテルや建築、雑貨などをテーマにした本を40冊以上も出版し、雑誌やwebメディアなどでも執筆。食・店・風景・人、その土地ならではの魅力を再発見するのも得意としている。著書に『歩いて、食べる 東京のおいしい名建築さんぽ』 『たのしいおいしい 京都ごはんとおやつ』 『アイスの旅』 『たべるたのしみ』などがある。
好きなことを仕事にし、取材や街歩きなど外に出てアクティブに活動している印象が強い甲斐さん。コロナ禍の下、どのように家で過ごされたのでしょうか。「旅や散歩が好きなので、みんなに『ステイホームは辛いんじゃない?』とよく聞かれたのですが、実はその逆でした。本や映画など、家の中にも好きなものがいっぱいあって、もともとオタク気質なところがあるので、家にこもることも大好きなんです。何年も手に取っていない本が結構あったので、外に出られない期間はそれをもう一度読み直したり、整頓し直していました」
甲斐さんは外食ができない分、家で食事をする時間を大事にされたといいます。「ステイホーム中は料理をする時間が増えて、キッチンの道具をもっと自分のお気に入りの物で揃えたいなと思い始めて。SNSを見ていても、やっぱり家で使う物に目がいって、暮らしの道具や器をお取り寄せで買っていました」
「もともとかごが大好きなのですが、ステイホーム中に買った物の中でも、特にお気に入りなのが竹の水切りかごです。作家さんが手仕事でつくった物で、大分県別府市の大好きな雑貨屋さんがSNSで紹介しているのを見て、これは欲しいと思って買いました。食器を洗った後に置くためにお取り寄せしたのに、あまりにも気に入りすぎて、仕事場のアトリエに置いて眺めています。使い込んでいくと、どんどん色が濃くなって味が出てくるのが楽しみですね」
落ち着いた日常を過ごすために、あえて毎日同じことを繰り返すという甲斐さん。どんなルーティンを決めているのでしょうか。「朝起きて、お気に入りのポットでお湯を沸かすことから1日をスタートさせるのは、ルーティンのひとつですね。沸かしている間に1日のスケジュールを頭の中で組み立てるようにしています。ライターになったばかりの若い頃、生活が不安定なときに友人から教わったことがきっかけで始めたのですが、決まった時間に決まったことを毎日繰り返し行うことで、日々の過ごし方が安定し、落ち着いた気分で過ごせるようになりました」
お昼の3時にお茶を飲むのも大切な日課といいます。「お茶の時間はやっぱり心身ともに癒やされるので好きです。お茶とお菓子、器の組み合わせを毎日あれこれ考えて、同じことの繰り返しの中に変化をつくって楽しんでいます。普段は、仕事場でスタッフのみんなとおしゃべりしながら過ごしますが、仕事で忙しいときや気持ちにゆとりがないときは、急いで準備して終わったり、別々に過ごしたり…。でも、『この余裕のない状態はよくない。立て直さなきゃ』とお茶の時間の過ごし方が、自分の気持ちの状態を見つめ直すきっかけになります」
ステイホームは家で過ごす時間が長く、ストレスが溜まりやすいとき。気持ちよく暮らすために気をつけていることを、甲斐さんにお聞きしました。「“自分の機嫌は自分でとる”ことに、すごく気をつけています。イライラするときは、たいてい誰かや何かのせいにしてしまいますよね。でも、イライラするのも自分だし、ストレスを溜めて辛いのも自分。大人になれば、誰も機嫌をとってくれないし、自分で自分の機嫌をとってあげられる人の方が、強く楽に生きることができると思います。ちょっとイライラしてきたと思ったら、ケーキを買って自分を甘やかしてみたり、大事に取っていた物を開けたり、『嫌なことがあったけど、もうこれでリセット』と思って気持ちを切り替えるように意識すれば、本当にささやかなことでも自分の機嫌を取ることができるようになります」
たくさんの本や物に囲まれて暮らす甲斐さんは、大の整頓好き。物を持ちながら、ストレスなく過ごすことを意識されています。「何かを取り出そうとしたときにスッと出てこなければ、その物に対して意識を傾けていないということ。自分にとってこれはダメなんです。ちゃんと物の居場所を決めてあげることが大事ですね。たとえば本棚なら、美術系・料理系・絵本などジャンルごとに、だいたいどこに何があるかわかるように整頓しています。持ち物は何がどこにあるのか把握できる範囲にして、それ以上は増やさないようにしています」
「食器も好きでいっぱい持っているのですが、後ろの方に追いやられている器を見た知り合いに『使っていない器がかわいそう』と指摘されて。そのとき、『好きな物だし、どんどん使った方がいいな』と気付かされたんです。気に入った物ほど大事にしたいから使わないで、しまいこんでしまいがち。でも、割れてもいいから使った方がいいんじゃないか、割れたら金継ぎなどで直せばいいんだと思うようにして、せっかくのお気に入りなので、どんどん使うようにしています」
大事な物だからこそ居場所をつくり、使うことで物を活かす。甲斐さんは、好きな物が活きる状態や環境づくりを大切にしています。「買った物は、とにかくいったん箱から出して、自分へのご褒美やお正月など節目のときまで取っておくこともありますが、極力すぐに使い始めますね。あと、自分の好きな物を集めたコーナーがあると、そこに行くたびにうれしい気持ちになって、暮らしも豊かになると思います。たとえば、私は自分で商品をプロデュースするほど職人さん手作りのコーヒー缶が大好きで、この缶の中に茶葉を入れて置いています。缶を置いているドリンクコーナーに行ってお茶を入れるたびに、心地よい気分になります」
かごが好きでさまざまな種類を持つ甲斐さんは、どのように活用しているのでしょうか。「旅先で野菜や果物などの食料品をたくさん買ってくるので、家に帰ったら、このかごの中に入れるんです。そこからどんどん使って食べていったり、近所にいる友人に配ったり。仕事の資料などもだいたい1週間以内ぐらいに必要なものをかごに入れて、終わったら片付けていきます。あと、どこにしまうかまだ決めきれていない物の仮の居場所にしたり、かごは本当によく使いますね」
ご自身の好きな物への愛情あふれる甲斐さんは、どのように手放しているのかお聞きしました。「友人にアドバイスされて実践しているのが、写真を撮ってから手放す方法です。『物をなかなか手放せないのは、物自体が必要というより、思い入れが強いから。写真を撮って思い出として残してから処分すればいいよ』と教えてもらって。お菓子の箱は、すぐに溜まってしまうので、収納できる量を超えたらこの方法で手放すようにしています。洋服や本、CD、レコードなどは、大事に使ってくれそうな後輩や知り合いにあげるようにしています。自分も若い頃にそうやって譲ってもらって、とてもうれしかったのを覚えていて、自分も“物のバトンタッチ”と呼んで、私が持っているよりもいいなと思ったときは、惜しみなく渡しています」
お菓子の包装紙や箱を収集している甲斐さんは、素敵なリユースを行っています。「包装紙は同じ物がダブったりすると、封筒にリメイクして友人への手紙に使っていて、喜ばれるのでうれしいですね。箱や缶は、お土産のお菓子を配るときに活用しています。旅先で細々としたさまざまな種類のお菓子を買うことが多いので、箱や缶の中に詰め直して、オリジナルの詰め合わせをつくり、リボンをかけて渡しています。とても簡単ですが、これも受け取られた方に喜んでもらっています」
心地よい“おうち時間”のために
自身が好きな物は、他人がどう思うか遠慮せず、「好き!」と夢中になって深掘りしていく。人とのつながり、物への愛情を持ちながら、自分が心豊かな気持ちで暮らしていけることに気を配る。甲斐みのりさんのお話は、心地よい“おうち時間”のためのヒントがたくさん詰まっているのではないでしょうか。自分らしい毎日の楽しみは、特別なものではなく、ごく身近なところに隠れているのかもしれませんね。