Comfortable life
たとえ忙しい日常でも、ちょっとした心がけや工夫で、ささやかでも心地よく心豊かな時間がつくれるはず。そんな暮らし方のヒントを、 BROCANTEのオーナー・松田尚美さんにお聞きしました。前編では、お仕事と子育てを両立しながら自分らしく過ごす松田さんのライフスタイルに着目しています。
松田 尚美さん
東京 自由が丘にある、フランスアンティーク家具の販売とガーデンプランニングを行うBROCANTE(ブロカント)のオーナー。家具・雑貨と植物で織り成すインテリアコーディネートに多くのファンを持ち、そのセンスやライフスタイルが注目されています。
東急「自由が丘」駅から歩いて5分、静かな住宅街の一角に佇む「BROCANTE」は、フランス語で“美しいガラクタ”を意味する店名の通り、味わい深いフランスのアンティークなどを販売。店内に一歩入ると、家具や雑貨、植物たちが素朴ながらも素敵に飾られ、居心地の良い雰囲気が漂っています。アンティークと聞くと高級で敷居の高い印象ですが、こちらはお店の雰囲気も並べられた家具や雑貨も、品は良くとも決して気取らず、懐かしさや親しみを感じさせます。
そんな空気が漂うのは、古物そのものの味わいだけでなく、きっとオーナーである松田さんの人柄もにじみ出ているから。「フランスの美しいものをお伝えしたいのはもちろん、アンティークは決して高いものばかりでなく、私たち庶民でも愛用できるものがあるので、それをご紹介したいとお店を開きました。以前は、お店の中に自分の子どもを遊ばせるスペースを設けて、子育てしながらお店を切り盛りしてきたので、肩肘張るような所ではなく、みんなが気軽に仲良く集える場所でありたいですね」と松田さんは語ります。
2003年に誕生した「BROCANTE」のこれまでのいきさつをお聞きしました。 「植物やインテリア、古物は子どもの頃から興味があったんです。大学生のときに通っていた花の学校で、花を生けるアンティークの雑器があり、古物と植物の融合する美しさを学びました。大学卒業後はアパレル関係の仕事をして結婚を機に退職。その後、30歳までは自身の好きなことをやろうと思い、フローリストとして働く傍ら以前より興味のあったフランスを、ガーデンデザイナーの主人と共に何度か訪れました。『いつか2人で植物とフランスの古いものをご紹介できる場所が作れたらいいね』と主人と話していたのですが、まさか子どもが生まれたタイミングでショップを持つことになるとは思いもしませんでした」
たまたまご主人が今の物件を見つけられ、アンティーク家具や雑貨のお店を開くことに。「長男はまだ6カ月でしたが、とても素敵な物件でしたし、お互いの両親も結構乗り気になって、これも何かの縁だし、とりあえずやってみようと思いました。開店後はお客さまもまばらで、店内で子どもの面倒を見ながらのんびりやっていけばよいかなと。当時、自分の中で子どもを保育園に預けることに抵抗があって、仕事も育児もちゃんとしなきゃとがんばりすぎた結果、体調を崩してしまって。やはりどちらもいい加減にはできないので、とても葛藤の多い日々でした…。ママ友とゆっくりする時間もなく、気持ちのはけ口をうまく持つことができなかった時期が続いていました」
雑誌で取り上げられ、徐々に客足も増えてお店も軌道に乗り、松田さんも仕事と育児の両立がうまくでき始めたそう。「ある時、生協の会報誌の中で同じような境遇の方の記事に目がとまって。そこには『今日できることの一つ一つに100点を求めるのではなくて、全部合わせてまぁまぁ100点になれば、それで満点』といったことが書かれていて、気持ちが救われました。部屋が散らかっている、夕飯が作れていない、洗濯物だって取り込めていない、責め始めるとキリがないですよね。開き直るとは少し違うのですが、『やれなくてもいいんだよ』と、真面目な自分に言ってあげるという感覚でしょうか。その頃、自分で育てたい、そうしないといけない、というこだわりを改め、保育園に預けることを考え始めました」
仕事と育児を両立するために、どのようにスケジュール管理を行っているのでしょうか。「決め過ぎるとまた自分を責める一因になるし、天候や体調、冷蔵庫のストックなどは日ごとに違うので、朝目が覚めた時点で今日やることを、円滑に無理の無い範囲でざっくり考えます。たとえば、朝の頭がスッキリしているうちに、集中力が必要なことを始めます。細部の掃除や事務作業、梱包作業は午前中に済ませますね。実店舗とオンラインショップが同時進行のため、お客さまが来てくださったときに笑顔でお迎えしたいので、下を向いたままのPC作業に没頭しないように気を付けています。ただし、その日の適量は腹八分に。夢中になりやすいので、初めから目標値を下げて確実にできるようにしています」
あえてスケジュールもマイルールも決めていないという松田さん。無理なく自然体で過ごすように心がけているとのこと。「今日は今日しかないので、その日一日が健やかでありたいですね。なので、限られている時間をできるだけ子ども達には意識させるようにしています。適当に生きても懸命に生きても同じ一日。間違えたらやり直せばよいし、悪いことをしてしまったら反省すればよいし、日々を大切にすることを大事にしていけば、その結果良い生涯を過ごせると思います」
「自分らしさ」とは、決して自分のことを考えるだけではないのでは。松田さんは自分以外の誰かに寄り添うことが自分らしいと話します。「私の喜びの軸が他者の役に立つ、喜んでもらえることなのかなと近頃思うようになりました。母として妻として店主としても、相手がどう感じたら快適なのか、うれしいのかと思うタイプのようですね。部活でいうところのマネージャーのようなポジションが好きなのだと思います。店舗の商品構成も自身が好きなことも大事ですが、これはお客さまがお好きそうかなと思うものを探すことが多いかもしれません」
忙しいときでもお茶を淹れてほっと一息つくようにしている松田さん。「年齢的にもカフェインに弱くなりましたので、コーヒーは朝だけにして、他の時間帯は好きなものを飲みますが、カフェインレスのものを好んで飲むことが多いです。写真は主人がフランスで買ってきてくれたお茶で、日本でいう薬膳茶のようなものです。フランスは種類も豊富で、価格も安いんですよ。あとは、自宅や店で生けている花の水は毎朝取り替えます。花持ちが違いますし、ガラス越しに見る水の濁りも気持ちが良くないので、必ず毎日替えています。加えて、植物の手入れも毎日行いますね。コンディションが気になりますし、何より気持ちが良くなります」
仕事に育児と忙しい日々のなかで松田さんはどのように息抜きをされているのでしょうか。「なるべく気持ちが良いと思える場所に身を置くようにしています。たとえば、近所にある仲良しの店員さんがいるお店。洋服屋さんや美容院、化粧品屋さんなど、遊びに行ける場所を作っています。コロナ禍で気軽に友人に会えなくなってしまったので、娘ほどの年齢の差がありそうな店員さんとも仲良くなって、買い物を楽しんでいます。対話のある買い物は楽しいですし、この人から物を買いたいと思える場所を見つけられるとうれしくなります。あと、母ほどの年齢のおばあちゃまと話をするのもとても楽しいです。何でもない立ち話から色々な笑いをいただいています。不満を笑いに変える技を教えてくれたり、教訓をいただくことも。見知らぬ方ですが、そんな日々の小さな出会いがとても愛おしいですね」
BROCANTEのインテリアを見ると美意識の高さを感じます。松田さんはどういった基準で物を選ぶのか、お聞きしました。「買い付けが主な仕事なので物を選ぶことが多いのですが、ずっと共にありたいかどうかを肌で判断します。よく見てよく判断することの繰り返しでしょうか。アンティーク屋なので、全てアンティークで揃えたいかというと、全くそうではありませんし、古いものでも新しいものでも、“造りが良い物”を求めている気がします。造りが良い物やデザインの優れている物は長持ちしますし、時間が経って物の表情が変わったときに、風合いとして残るように思います」
コロナ禍の影響でECサイトに携わる時間が増えたという松田さん。「気を付けないと時間の限りなく働き詰めになってしまいます。無理にでも時間をつくって、夫と散歩がてら自然のある場所へ赴いたり、美味しそうな物を探しに出かけるようにしています。息子からワイヤレスのイヤホンをプレゼントしてもらったので、元気を出したいときは音量を上げて、無になって家事をこなします」
また、コロナ禍をきっかけにBROCANTEでファブリックを扱うようになったとか。「コロナ禍で買い付けができず、お客さまも来店できず、慣れないPC作業もあるし、かなりストレスが溜まって…。でも、こうしたマイナスの事態に陥ると、自分が試されている気がするんです。どう受け止めて消化して進むのか。そのとき、ふと考えました。コロナが落ち着いて皆さんが来店されたときに、暗い店舗なのは嫌だなって。そこで、店舗の奥にある真っ黒だった部分を全部真っ白に塗り替えたんです。真っ白な空間ができると、ここにファブリックを置きたいなと。これまで扱ったことはなかったのですが、開拓してトルコやモロッコなどで一点一点手づくりされたヴィンテージラグを置けるようになりました」